第10回 阪本正彦 女子教育奨励会理事
「人生いちど=ダイバーシティ」
「人生いちど」・・・これは私がSNSやブログなどでよく使うHN(ハンドルネーム)です。まぁある種ラフなペンネームみたいなものです。
このHNを見た人は大抵、「なかなか味のあるネーミングですね。」などとお褒めいただきます。
でも当たり前の名前です。人生はいちどですから・・・
人間当たり前のことが、案外分かっていないから、いろいろな問題を生み出すのですね。
私も昔から、「人生は一回きりなのだから好きな事をして過ごしたい」と、若い頃はどちらかといえば享楽的なことにばかりに関心がありました。美味しいものをいっぱい食べたい、女の子といっぱい遊びたい、いい車に乗りたい、世界中で遊びたい。などなど・・・
どれだけ実現できたかは別として、中年になるまで、そういう願望に正直に生きてきました。
ですから、仕事にしろ、遊びにしろ、ありきたりの同じことをずっと忍耐強く過ごすことに価値を見出していませんでした。変化こそすべてでした。(笑)
仕事はその都度、その時代の華やかな分野をめざし、半導体ビジネスから金融/ITビジネス、そして実力主義で、国際的な外資系を中心にキャリア・アップを目指してきました。
変化にとんだ人生こそ、人生いちどを味わう人生だという「人生観」に基づき、人生を過ごしてきましたが・・・まさに波乱万丈の人生となりました。
別に博打好きではありませんが、若い頃に株や先物取引などで帳簿上8ケタの利益を出したかと思えば、バブル崩壊などで奈落の底へ突き落とされ、担保不足で毎日胃が痛い日々を過ごしたり、貧→富→貧→富・・・と、リッチ&プアーを繰り返すような経済状態でした。
仕事も大手VC(ベンチャー・キャピタル)から5千万円以上の投資を受けて、ベンチャー社長業を始めてみたものの、あえなく清算。路頭に迷うかと思えば、救いの手があり、欧米外資とインドの大手IT企業からのオファーがあり、人生いちど的選択として、人生で初めてインドの企業の部門在日代表となった。
ともかくそれでもカミさんや家族のおかげで、これまで持ち家を一度も手放すことなくこれたのは不幸中の幸いでした。
このインド企業への転職こそが、木全理事長との邂逅であり、JKSKに触発され参加するきっかけでありました。やはり人生はどう展開するものか分からない・・・
人生いちどだから、「何でも経験だ!」を信奉していたら、生死をさまよう病気まで経験させてくれました。(笑)
二度も生還させてくれたのは、神様が私にまだ何かすべきミッション(特にJKSK)があることを教えてくれたのだと、元来のポジティブさで考えています。
「人生いちど」は私たちが取組んできている「ダイバーシティ」に通じると思います。
それぞれ、各人に、個々の人生の形があり、生きる意味のミッションがあります。それを誰も犯してはいけません。活かすべきです。
「人生いちど」のための多様性を、老若男女を問わず受け容れて、理解し、活力ある社会を作ることこそが、JKSKの重要なミッションであると確信しています。
2010年4月
阪本正彦 略歴
1953年6月10日生、明治大学政治経済学部卒。早稲田大学専門部電気課卒。英国の上場会社ACTの日本支社立上げに貢献。日本進出後にユーザー・ゼロからスタートし、多くのユーザーを獲得、売上高を10倍に伸ばす。3年連続トップ・パフォーマとして世界アワードに参加、パリにて表彰される。アジア太平洋地域統括部門長を歴任後、大手米国企業サンガードなどを経て、ベンチャー企業を創設/清算。その後、インド大手IT企業、インフォシス・テクノロジーズにて金融部門日本代表に就任。日本の金融機関や企業にインド企業の認知度をあげ、またインドでの人脈も築く。2005年より金融工学に優れたFNX社にてエグゼクティブ・ディレクターとして勤めた後独立、現在ヘッドハンティング会社やインド・ビジネスに関わる。 |