日時 2008年7月28日(月)15時から17時
場所 パレスホテル IVYハウス(B2)
ワークライフバランス社会はなぜ必要か
【 講師 】大沢真知子氏(日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授)
木全:本日は、ご多用な中、ご参集下さいましてありがとうございます。本日はワークライフバランス研究者として第一人者でいらっしゃいます日本女子大学教授の大沢真知子先生においでいただきました。最初に大沢先生からお話をいただき、その後意見交換を行えたらと存知ます。
大沢真知子先生は、南イリノイ大学経済学部博士課程を修了しておられ、Ph. D(経済学)をお持ちです。その後シカゴ大学ヒューレット・フェロー教授、亜細亜大学助教授を経て、現在日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授を務めておられます。専門は労働経済学で、内閣府の少子化と男女共同参画に関する専門調査会など政府委員も歴任なさっておられます。最近の研究テーマは、ワーク/ライフ・バランスを日本の社会でどう実現していくかです。本日のテーマは「ワークライフバランス社会はなぜ必要か」です。ではよろしくお願いします。
大沢:私の研究の主なテーマは、ワーク/ライフ・バランスを日本の社会でどう実現していくかについてということです。
90年代に非正規労働者が増加し、正規社員が過重労働となって行きました。こうして両者ともどちらもアンハッピーな状態が進行していきました。米国や英国も格差社会を作っています。欧州の国々をみますと、スペインやイタリアでも労働者の非正社員化が進んでいましたが、デンマークでは経済成長を成し遂げつつ、労働時間の短縮に成功していました。
こうしてうまく働き方を工夫している国があることに気づいたことが、私がワークライフバランスを考えるようになったきっかけです。
ハローワークで100人にインタビュー調査を行いました。
そこでわかったことですが、20代、30代の人たちの働き方がすごいんです。働きすぎでうつ病になったりしています。たとえばまだ新卒扱いの男性のケースですが、彼は過度の仕事によるストレスから自信を全く失っていました。短大卒の女性のケースでも、新卒で採用されていきなりトレーニングもなしにブティックの店長を任されます。わからないまま店の運営責任を負いきれずに辞めることになっていきます。
90年代以降、若い人たちの仕事が相当過重になってきていると思います。週60時間以上働いている男性労働者は20%から25%とだんだん増えつつあります。
年功賃金制度の下で働く人たちが高齢化してきて、所得保障を確保するために若い人たちに高負担を強いているのではないかと思います。
また90年代以降、失業者も増加していますし、親の援助で生活を成り立たせている人たちも増えてきています。これは学会でも発表されましたが、親から子へ所得が移転して、生活を成り立たせているのは、日本と韓国だけです。
これは単純に、非正規労働者を減らせばいいとか、パートアルバイトを減らせばいい、という問題ではないと考えています。いったい正社員とはなにか、と処遇も含めてみていくことが必要となってきています。
労働者の中核にある労働者が雇用保障を得て、周辺労働者がそれを支えている形になっています。そしていまや雇用者の4割が非正規社員になっています。女性をみると半数以上が非正規労働者となっているのです。真ん中のコアの部分(正社員)がどんどん小さくなり、シュリンクしてきています。
私の考えるワークライフバランス社会は、コアの正社員の部分を増やしていくことです。
そのためには、パートタイマーを正社員的に位置づけ、安定的な雇用を得るようになることです。それが今は、コアの部分が縮んでいくなかで限られた少数のためにだけ、育児支援を行っているという状態です。
私が2006年にワークライフバランス社会を提言した動機は、夫婦がダブルインカムで普通に暮らし、働きやすい社会を作っていくことです。そのためには社会保険や雇用保険の問題、年金制度の改革は必須です。非正規で働く3分の2の人たちは、社会保険の加入から排除されています。今までの正社員のコンセプトで社会のビジョンがあるのであれば、もう成り立たなくなってきています。負のスパイラルに入っています。コアの部分、安定した雇用を増やしていくためにも政府がやるべきことは大きいと思います。
ワークライフバランス社会の本を出したあと、政府関連の人たちの前でワークライフバランスについて話す機会があった。そこで出た意見としては、ワークライフバランスを促進することは、効率をあげることだから労働生産性が低い、特にサービス産業の生産性が上がるのはすばらしいといわれた。また各省庁のトップの方や労働市場改革諮問会議でも話をした。そんな流れのなかで、日本の働き方を変えようと、ワークライフバランス憲章(2008年)や家族を支援する国民運動として取り組もうという流れが出てきました。
ワークライフバランスをどうイメージするのかというと、東京スター銀行取締役のバッジさんいわく、一日でワークとライフをバランスさせるのは不可能に近い。むしろジャグリングだと言われました。そのとおりだと思います。私は人生には4つのボール(領域)があると思います。ひとつは、仕事。もう一つは自分。健康や自分への投資や自己啓発など。あとは家族や友人といったいい人間関係と社会貢献です。個人によって違うと思いますが、4つのボールのジャグリングをしていると、今までのような会社に取り込まれた個人とは少しづつ行動が変わっていきます。だんだんと変化していくのです。
また学生たちがシンポジウムを開いてワークライフバランスに関するイメージ図をつくりました。それによると、個人が主体となって生きていく社会、個人の自立をサポートする社会というイメージになりました。ワークライフバランスを取れる社会と理想とすると、今までの貧困政策などはすべて変わっていかないといけなくなってきています。
時代の変化
高度成長期には、よそ見をすることなくまじめに仕事をやっていればよかったが、いまはまじめだけではうまくいかなくなってバランス感覚を必要としてきました。しかしバランス感覚を養うのは、難しいこと。そのため今では、ストレスをどうコントロールしていくのかは重要な課題となって来ました。また過重な仕事による過重なストレスを抱えてしまう現代においては、回復するのに時間がかかるようになってきています。問題発見能力(クリティカルシンキングの)思考が必要となってきており、ワークライフバランスはストレスマネジメントでもあります。
成功者像の変化
2004年ハーバードビジネスレビューの記事に、成功し続けている人は“Just enough “
で留めていると書かれています。自分にとってはこれでいいということで、これは自分を知っていることです。自分は何が得意で何が不得意なのかを知っていること。ワークライフバランスは、ここまででいい、と足るを知ることでもあります。結果として多様な経験からシナジー効果を生むこともあります。
求められるリーダー像の変化
働く人たちが求める幸福の実現のために、働き甲斐がある環境に整えるのが、求められるリーダーです。
今の職場で起きていること
組合の調査では、ストレスが増加しているという結果が出てきています。また収入や生活がよくならないために、仕事にやりがいを見出せないでいます。さらに個人で仕事をする機会が増えたと7割の方が答えています。そのため人とのコミュニケーションが減ってきています。
持続的に経済発展するために
日本の資源は人材です。日本の労働生産性はOECD加盟30カ国中19位と大変低い水準です。製造業だけでみると4位なのですが、サービス業が特に低くなっています。サービス業の働かせ方は工夫をしないといけません。
主要8カ国を みてみると、労働生産性と労働時間は逆の相関関係を示しています。ドイツフランス、スウェーデンなど、労働時間が短い国ほど生産性が高くなっています。
フランスは、家族に優しい政策を採っています。
また働き方の希望と現実のギャップもあります。6割の母親は仕事も家庭も、と望んでいますが、実際には仕事と家庭を両立しているのは25%しかいません。
図表:妻の所得変化に対する世帯実所得参照。妻の労働時間が長くなると、夫婦の実所得が増えていきます。その中で顕著に世帯実所得が減るのが、妻の所得が103万円を超えるところと、130万円をこえるところです。103万円を超えると夫に支払われている配偶者手当が廃止になります。また130万円をこえると妻が第3号被保険者からはずれるのでその分、健康保険料、厚生年金保険料など妻の社会保険料の負担が多くなります。このように制度が低賃金のパートタイマーを増産することを促進しているのです。ここが日本の特異な部分です。諸外国では、貧困政策といえば就労支援なのですが、日本では就労を促進しても賃金が低いために、自立できないという状況が生まれているのです。生産性にあわせて賃金があがるようにするなどの対策が必要です。最近ではロフトや三井住友銀行などが非正規社員を正規社員にする動きが出てきています。ロフトの話をきいてきましたところ、有期雇用から雇用保障へと非正規社員を常用雇用にしたとのことです。理由としては、業績が伸びない一因として、コスト削減だけではモティベーションがあがらない。非正規社員が与えられた仕事のみをこなしているようになってきた。そこで2,3年かけて処遇制度の改革を実施した。結果として、集まってくる人たちの質が上がってきているといいます。
諸外国でも、片働きで成り立つ社会ではなくなってきています。いまでは有期雇用か、常用雇用かという分け方をしています。ドイツでも、自分たちの国は訓練を中心にした労働市場だから、訓練をしてスキルをあげて常用雇用化していくのが自然な流れだという。日本でも高齢社会を成り立たせるためには雇用保障が前提となる社会をつくることが必要です。雇用の保障と報酬をセットで考えないほうがいい。景気が悪くなると臨時的仕事が増加します。経済のグローバル化は臨時的雇用を生み出すのです。臨時的仕事以外は常用化していくという流れが出てきています。
意見交換&Q&A
西田:社会保障が充実している国は労働生産性が高いということについて。OECDのデータに基づいているが政府は世界中のいい話の部分を抜いて使うことで不信用になっている。貧困政策についても、貧困率NO1のアメリカの政策を見ています。北欧やイギリスでは、まず若年層の教育からはじめていますし、ロザンナがやっている貧困者への支援は、大変メンタル面を重視しているものです。日本では膨大な予算が使われているが何も機能していないと思う。
佐々木:しっかりした仕事をする46歳の女性の話だが、働いている同年代女性9人が集まった時の話題で、だんなが60歳の定年になったら死んでほしいと思う、という女性が9人中6人もいたという。男性が仕事にかまけて家のことを省みないでいると、家族からすると、60歳になったら目の前から消えてほしいという意思表示をされることになる。また矛盾するようだが、反対に企業は、30代の若手の男性には死ぬほど働いてほしいと考えている。当人も、それに応えることが、妻が専業主婦になれ、自分が出世し、収入が増えて、当然家族も喜ぶはずと考えている。
今すんでいるマンションは6000万円くらいのところだが、住民の半数が30代の若い世帯だ。彼らのほとんどは、妻は専業主婦で子供も2,3人いる。どうも親からの資金援助を得て暮らしているようだ。自分が理想とする話と、現実の生活では、かなりギャップがある。
先日トヨタの社員に講演をした。終わった後のアンケートのなかで「なぜ女性社員の活用なのか。当社は仕事のできる男性がふんだんに入ってくるから特に女性をとる必要もないのでは」というものがあった。ダイバーシティの観点から効果があるといっても通じないところもあるのが実態だ。それでもトヨタも、基幹職の女性を30人から100人に増やすといっている。外部から採用するらしいが、めがねにかなう女性がいないので困っているという。
木全:伊藤忠商事の丹羽会長にインタビューをさせていただいた折に、会長が言われていたことは、「伊藤忠もこれからは、今まで終身雇用慣行のもとで伊藤忠の中で育ってきた人材だけではやっていけない。例えば、M&Aを進めていきたいと思う優れた相手の組織には必ず優秀な女性の役員がおり、男性一色の伊藤忠は相手にされない。従って、女性幹部社員を育てることと同時に、外部から女性幹部人材を採用することも行っていかねばならないと。他方、日本を代表する自動車会社がアメリカで表彰された時に、表彰式の前に行われたインタビューで、「御社の女性の活用についてはどうお考えか」という質問に対して「女性?全く考えておりませんね」との返事に、このような企業を表彰していいのか、しかし、表彰式の直前の話なので・・・と困惑しきった・・というお話をアメリカ人から聞きましたが、環境問題への対応においても、Diversity社会への認識において、あまりにもレベルが低い日本を代表する企業に国際社会は唖然としているのではないでしょうか。
古市:ダイバーシティ推進の仕事で経験したことだが、過去に採用に関してダイバーシティの真意を理解してもらおうとしていたとき、「優秀なのは女性のほうです」であるという意見がある反面、「つぶしがきくのは男性だ」という意見もあった。自分の後継者に男性を選びたいという傾向にあるように思えた。
大沢:グローバルななかでは新しい考え方を生み出していくことなしに成長はありえない。政府の規制の下でやってきた企業と厳しい環境で生き抜いてきた企業とは違う。今後は人口そのものが減少していく。今までは結婚を先送りした団塊ジュニアたちがいた。しかしこれから労働マーケットが縮小していく中で変化を察知して早めに手をうつかどうかでこの10年の差が大きく変わってくるのではないだろうか。
佐々木:非正社員の問題は変わる。10年たつと外国人労働者を「入れないといけないようになる。働き方は当然変わらざるを得なくなる。
堀井:企業からみると、正社員のコストが非常に高い。手厚いひとと薄い人の分配を考え直したらどうかと思う。
清水:今の日本の雇用形態をみると、年功序列も終身雇用も全部なくしてきている。大沢先生の言われる常用雇用化というのは日本の終身雇用制度が見直されてきているということなのか。
大沢:終身雇用というのではなく、安定した雇用保障をする雇用形態のこと。米国でも一般の雇用では常用雇用が大切だといわれてきている。
いま33%といわれる非正規社員の7割がアルバイト・パートである。雇用の安定のためにはどうすればいいかというと、二つある。ひとつはステータスをあげること。もう一つは一定の雇用期間を経ると常用(期間の定めのない雇用契約)にするということ。
木全:日本の社会において労使関係というと、労の代表が連合になっていますが、労働組合の組織率は12~3%であることを考えると全く働く人々を代表していない。働く人々の現状、声を把握する時に連合の意見によって行うのは全く間違いであるということを私達は認識して対応すべきであると思います。
大沢:組合は、いまや自分たちの既得権を守ることが使命のようになっている。
西田:いま労働組合は、40%以上が女性の組合員になってきている。生活や暮らしの視点が入ってきているのでそれに関してはいいことだと思う。また雇用形態については、女性を大きく分断していると思う。
堀井:非正規、正規という言葉を変えたい。ダイバーシティ調査をみると、年齢については45%、男女は38%容認できると応えているが、雇用形態では容認できるのは25%となる。雇用形態による壁は厚い。
古市:日産でも派遣の雇用が増加している。以前のサポート職の職種は派遣社員にかわった。正社員間の男女の意識は改善しているが、派遣社員をみると新たな差別感が発生していると感じている。本質的には変わっていないと感じることもある。たとえば、新しく配属された場合、正社員には仕事や職場の詳しい紹介や説明が行われるが、派遣社員には何もない場合もある。こんなところからおかしいと感じて改善しようとしている。
笹田:採用に関しては、新卒採用は従来から日本独自の方法をとっていると思うが。
大沢:新卒者に関しては、職業紹介も自由にできない状態になっている。採用には手をかけているが、大変離職率が高い。企業は、新卒者を採用した後の定着については考えていないと思う。世代間で大きなギャップがある。ダイバーシティの問題は、世代間の問題が大きい。お互いにもっとコミュニケーションをして、話し合ってそれぞれが働きやすい形を探していかないといけない。 |